赤い黒豹の呑んだくれ日記

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第137話 (今さら)M900その後

 「第125話 The time has come.」でSilver Birdで売りに出してもらうことにした、かつての相棒M900ie。その後特に連絡のないまま、何と1年半が経ってしまった。

 いや、実はこれまでに2回ほど様子を聞くために電話をしたのだが、どちらも平日だったせいか社長は不在。店番をしていた社長夫人では状態が分からず説明できないということで、満足な答えを得ることができなかったのだ。まぁ「正確な査定額が出たらご連絡します。」と言ったきり一度も連絡をよこさない商売人というのもどうかと思うが、先方を信用するあまり、その場でしっかり査定してもらわなかったり、書類のやりとりがなかったりと、当初から対応が甘かったこちらにも非がある。

 それはさておき、先ほど3度目の電話をしたところ、久しぶりに社長と話すことができ、詳しく見てもらった結果を聞くことができた。果たして、算出された査定額は



頑 張 っ て ¥ 1 0 万 ぐ ら い




…。




………。





 …うん…いや、最初から覚悟はしていたのだ。すぐに思い出せるだけで3コケ。その過程でフロントフォーク下端にもホイールにも、フレームにだってキズが入っているし、右後のエンジンマウントには、何とクラックまで入っている。その上、私も知らなかったのだが、ガソリンタンクにも小さなクラックがあるらしく、ガソリンが漏れてきているようだ。中古車として店頭に出すことなど無理だろう。

 初期型デザインのモンスターシリーズは、何もなくて¥30万程度が相場だそうだから、オーリンズのリアサスやテルミのマフラーがなかったら、値段などつかなかいだろう。最初から分かっていたのだ。そんな状態だからこそ個人売買にしなかったのだ。


 …だけど、ちょっと安すぎないかい?


 それなりに愛情を注いでいた分だけ、何だか悲しくなってくる。サスとマフラーだけでもパーツとしてオークションに出した方が、いくらか高値がつきそうだ。いずれにせよ、そのまま乗ることはできない状態なのだが、ここで社長が一言。

「もしまた乗りたいということであれば、別の車体にパーツを移植して、いくらかお安くできますけど…。」

 いやいや、ありがたい申し出ではあるが、乗る時間が十分取れないから降りたわけで、その辺りの経緯についても、前に話してあるはずなのだが。



 まぁ新規購入の話はともかく、¥10万での売却については、しばらく検討させてもらうことにしたが、さて、実際これからどうしたものか。



※2月6日 追記

 最終的に売却額は¥18万となった。決して納得できる金額ではないが、言い出せばキリがないし、仕方のないところだろう。せめて部品取り車として有効に役立ててくれることを、切に希望するところである。



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第125話 The time has come.

 その時は来たれり。

 2002年の春。イタリア製の大型バイクを新車で購入しようとする私に、当時の上司はこう言った。
「お前はオートバイと結婚するのか?」
問いかけに対し、私は満面の笑みで「はい!」と答えたものだ。

 あれから7年。思えば色々な場所に出かけた。カスタムにはずいぶんと金をかけたし、何度か転んでケガもした。友達がたくさん増え、彼らの影響を受けて草レースもかじってみた。内地に転勤が決まった時は、いろいろな場所にツーリングに行こうと漠然と考えていた。
 しかし、現実は計画通りにはいかないものだ。転勤と同時に生活はすっかり変化した。バイクに乗るどころか、触れる時間もめっきり減ってしまった。そうなると、乗れない事そのものより、維持のための最低限の整備すらできないことの方が我慢できなかった。すると、ろくに整備をしていないマシンに乗ってツーリングに出かけてみても、どこかに不安があるのだろう。いつからか、心から楽しむことができない自分に気づいた。

 「潮時」という言葉が頭をよぎった。

 どうせ乗らない、いや、乗れないのなら、マシンに金や手間をかけるのはおかしな話だ。かといって手元に置いていても、マシンがジワジワと傷んでいくのを見守る事しかできない。バイクは乗り物であって、決して置き物ではない。ならば乗りたいという人に乗ってもらった方がマシなのではないか。再び「潮時」という言葉が頭に浮かぶ。

 まぁ、生活が変わるとは、こういうことなのだろう。思えば、結婚を決意した時からずっと、降りるタイミングを探っていた。妻がバイクに無関心で「降りろ」と言わないのをいいことに、先延ばしにしていたにすぎないのだ。友人と3人でツーリングに行くことになった時、「これで最後にしよう」と心に決めた。


 バイクに乗り続ける事と結婚生活とを、うまく両立させている友人は何人もいるし、私の妻はバイクに興味がないだけで、理解がないとは決して思わない。だが、バイクは所詮一人で楽しむものだというのが私の持論である。まして家族がバイクに興味を示さない以上、私一人の趣味のために家族の生活まで圧迫する事は、私の価値観としては許させる事ではない。結婚するならばバイクから降りること。これは以前より私が自らに課していた条件だ。「行き遅れ」たのは良縁に恵まれなかったせいだが、バイクに乗り続けるためでもあった。そして私はこの夏、ついにバイクから降りた。

 降りる時に最後に行く場所も、実はずっと前から決めていた。何度もお世話になったシルヴァバード。総走行距離は約35000km。7年を共にした我が愛車は、ここで次の主を待つことになる。







 …と思ったら、預けた数日後、店のBlogにはこんな記事が。

モンスターカスタム進行中

 各部は持ち込んだノーマルパーツに戻してあるが、スイングアームのMichelinステッカーといい、細長いミラーといい…。07Rのシートカウルなんか着けちゃってカッコイイな。もしかして君は、レーサーとして余生を送るのか?まぁ、牧野社長の腕は確かだ。それも悪くない。完成したら、いつか会いに行こう。




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第122話  つり目の理由

 何年ぐらい前からだろうか。クルマやバイクのライトが、つり上がった目のようなデザインになっているのが気になる。確かに格好良く見える場合もあるが、逆に「何もそんなに怒らなくても…」と思うデザインもある。ただ、K12型マーチ(3代目=現行型)などは、デビューした時こそ「やり過ぎ」な感じがして、賛否あったように記憶しているが、しばらくすると見慣れてくるから、人間の感覚など当てにならない。

 確か、先月か先々月ぐらいのDIME誌だったと思うが、行きつけの美容室で読んだ雑誌に、気になる記事があった。HONDAが研究している「ASV-3」というバイクの紹介記事なのだが、曰く

つり目デザインが、交通安全に寄与する

とだそうである。


 人間の目は「3つの点を顔のように認識する」という特徴を持っているらしい。
↓こんな感じか。

 ・     ・
    ・


…熊か犬になら見えなくもない。

 確かにライトを目、グリルを口など、クルマのフロントマスクを「顔」のように認識することがある。例えば、我が愛車であるKeiは「猫目」と言われているし、Copenならコレ→゜∀゜、最近のバイクは昆虫っぽいと言われるが、中でもApriliaのTuonoは蜂に近いだろうか。

 記事によると、人間の目というのは、怒りの表情に敏感に反応する。これは、こちらを攻撃しようとしている者を瞬時に判断するための本能で、敵から身を守る条件反射の一つなのだそうだ。そこで、ライトのデザインをつり上がった目のようにすることで、怒りの表情として認識させ、雑多な交通状況の中から「敵」を瞬時に発見させることにより、被視認性を高める効果があるという。

 なるほど、インパクトのあるフロントマスクのデザインは、実はソコまで計算されていたのか!





…という理由はこじつけ、後付けで、ガンダム好きの担当者が、
「モビルスーツをイメージした、カッコイイバイクを作ろう」
と考えてデザインした、というのが本当のところらしい。
 しかし、ガンダムの顔のデザインモチーフが、歌舞伎の隈取りだというのはコアなファンでなくても聞いたことがあるだろう。隈取りは、もちろん「怒りの表情」を誇張したものなので、結果的にASV-3に怒りの表情を与え、つり目デザインが安全性に寄与する事を、証明させることになったようである。


 しかし、もし街中の道路が「怒っているクルマ」で一杯になったら、目が慣れてしまって効果が減少したり、逆に過度のストレスになったりして、事故を誘発しないのだろうか。




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第117話 赤い2台のVツイン(渡良瀬橋編)

 今回の旅の目的である佐野ラーメンを食べ終わり、次の目的地を「渡良瀬橋の歌碑」に決めた我々は、ラーメン屋を後にスペイシー氏の先行で走り出した…。


 実は彼の持つ地図に渡良瀬橋は載っていなかったが、この辺りには何度か来たことがあるというので先行してもらった。しかし30分も走った頃、何となく方角が違う気がしてYahoo!モバイル地図で確認すると、なんと我々は逆方向に進んでいたのだった!停まったのは渡良瀬遊水池の手前で、佐野からは東の方角になる。しかし渡良瀬橋は国道50号を西へ向かった足利駅の近くだったのである。



 実のところ私は、今を遡ること13年前、足利市にある友人の実家に行ったことがあり、その時に渡良瀬橋にも行っていたのだ。彼の実家から渡良瀬橋はそんなに離れていなかったと記憶しているのに、今回は佐野から足利方向には進んでいないような気がしてルート確認をしてみたところ、全く違う方角だったというわけ。事前に確認しておけと言われればそれまでだが、まぁこういうのも「行き当たりばっ旅」の醍醐味だ。元来た道を少し戻り、国道50号に乗り直して西へ向かう。足利市に入ってしばらくしたところで右折すると、今度はスペイシー氏が「現在位置が分からない」といって停車し、荷物の中から彼が取り出したのは、あろうことかポータブルナビ…。


 最 初 か ら 使 お う よ !


とツッコミを入れたいところだが、時間は昼を過ぎて日が高く、暑くてそんな余裕もない。しかもヘルメットのモールがはがれて、いつの間にかなくなってしまったことに気付き、さらにガックリする。購入から結構経っているのと暑さとで、粘着力が弱まっていたのだろう。まぁ道順は大体あっているようなので、そのまましばらく進むと、渡良瀬橋の方向を示す看板があらわれた。目的地はもうすぐだ。



 渡良瀬川にはいくつもの橋が架かっていて、どれが目的の橋なのか、橋を見つけるたびに名前を確認しながら走ると、その中のひときわ古びた鉄橋の欄干に「渡良瀬橋」と書かれていた。13年前の記憶を辿る。そういえば、名前が知られている割には小さな橋だったことを思い出し、路肩にマシンを停める。橋の名前を再度確認して道を引き返した(停まったのは反対車線)が、その近くに歌碑は見あたらない。対岸にあるのだろうと考えて橋を渡り、再びマシンを路肩に停めて周りを見てみるが、やはり見つけることができなかった。「本当に歌碑があるのだろうか?」とYahoo!モバイルで検索すると、橋から少し離れたところにあるらしい写真が出てきた。対岸を見渡すと、先ほど停車した場所の少し先に何かがある。どうやらあそこが目的地らしい。


 再度橋を渡って右折し、少し行ったところに石でできた記念碑のような物があり、車道側には確かに「渡良瀬橋 歌碑」と書かれていた。


 渡良瀬橋。言わずと知れた森高千里の代表的なヒット曲である。九州出身の森高が、なぜ栃木県にある小さな橋を歌ったのか長年疑問に思っていたのだが、足利工業大学の学園祭に出演した時に来たことがあるらしい。よっぽど印象的だったのだろう。古びた小さな鉄橋には違いないが、なるほど見方によっては風情が感じられる。真っ昼間に行ってしまったので、歌詞に歌われているような美しい夕日を見ることは叶わなかったが、いつか機会があればその時間に合わせて行ってみたいものだ。


 歌碑の歩道側には歌詞が刻まれている。傍らには横断歩道の押しボタンのような物があって、コレを押すと曲が流れる仕組みになっているのだが、一度押すとフルコーラス流しっぱなしになってしまい、途中で止めることはできないので、もう一度最初から聞くためには曲が完全に終わるまで待つ必要があった。

 歌碑のすぐ後ろは公園になっていて、すぐそばの商店の前に自販機があったので、2人で何枚か写真を撮ってから、その公園で一休みすることにした。ドリンクを買うついでに商店をのぞいてみると、そこは酒屋。何か土産になる物はないかと物色すると、その名も「渡良瀬橋」という日本酒があったので、タンクバッグに何とか入りそうな4合瓶を1本買ってから公園に戻った。ちなみにこの商店では、渡良瀬橋歌碑の観光案内がもらえるのだが、その観光案内によると、歌詞中に出てくる八雲神社はもちろん、「床屋の角にポツリとある公衆電話」も実在するそうで、それらを回るコース案内が書かれている。我々は時間と体力の都合から見には行かなかったが、興味のある諸兄は行ってみてはどうだろうか。


 休憩しながらいよいよ帰るルートを考える。この時点で14時。何とも中途半端な時間だが、館林から高速に乗り、柏で下りて用品屋を物色してから帰ることとした。先導は地図を持っているスペイシー氏にお任せして走り出す。途中またまた道に迷ったり、燃料を入れたりしながら高速に乗ると、上り方向も交通量はそこそこ増え、川口料金所まで来るとひどい渋滞。ETCが装備されていないので一般用のゲートを通らなければならず、ここでもスペイシー氏をずいぶんと待たせてしまった。
 しかしコレを過ぎれば、あとは快適に流れていく。予定通り柏で下りて、メッシュジャケットを物色するため、まずは2りんかんへ。だがコレと言った物に出会えず、少し休んでからライコランドまで足を伸ばすと、そろそろジャケットは秋冬物のシーズンだというのに、なかなかの品揃えだ。HYODのジャケットがイイ感じだったが、さすがに良い物は値段も高いので諦めた。その他は派手か地味かで、自分の趣味に合う物は見あたらなかった。

 さて、時間も遅くなってきたのでスペイシー氏とはここで別れ、谷和原ICから関越道に乗ることにする。簡単に行くことができるという話だったが、順路はともかくICが予想より遠かったため道を間違ったのではないかという不安に襲われたが、何とか無事に帰宅することができた。
 走行距離としては約380km。沖縄で一日めいっぱい遊んだのと変わらないぐらいだが、ずいぶん走ったような気がする。ただ行程のうち高速道路の占める割合が比較的多く、単なる移動に終始した感は否めない。せっかく内地に戻ったのだから、旅を楽しむツーリングを計画したいところだが、それは又の機会に。




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第116話 赤い2台のVツイン(佐野ラーメン編)

 さて、本日で最終日となってしまったが、夏休みの話題である。休みなんだから普段できないことをやってみようと、旧友スペイシー氏を「走りに行かないか」と誘ったところ、何と「さっそく明日行こう」ということになってしまった。誘ってみたものの、あまり遠出をする気はなかったので「どこか近場で…」と考え、有名な佐野ラーメンを食べに行き、それ以降はいつものように行き当たりばったりで決めるということで、一応の方針が決まった。

 翌日、いつも通りに起床して朝食を摂り、おもむろに旅の支度をする。雨具一式はタンクバッグにそろえてあるので、ホルスターバッグにデジカメと財布、携帯などを放り込めば、あとは衣装を考えるだけだ。今回のメインが食事なので、前回のようにツナギで行くと食堂で苦戦するのは目に見えている。したがって下はパンチメッシュのレザーパンツ、上はSPIDIのナイロンジャケットで妥協することにする。本当はメッシュジャケットが欲しいのだが、今は贅沢できないし、夏も終わりかけているので、このナイロンジャケットで騙し騙し過ごすことにしよう。ヘルメットは実家から引き揚げてきたキズモノRR4を選び、晴天を期待してミラーシールドに交換する。

 テルミ管のインナーバッフルを外して「うるさくてゴメンね仕様」にする。ハーレー乗りの間では「Loud pipes save the lives.(爆音マフラーは命を救う→爆音で周囲が自車の存在に気付くため)」という格言があるそうだが、長く暖気するのはさすがに良心が咎めるので、エンジンに火が入ったらさっさと出発する。8時には出発したいところだったが、わずかに出遅れた上、久々の長距離とあって残燃料とタイヤの空気圧に不安を感じてIC手前のGSに入り、あわせて20分ほどロスしてしまった。


 GSでスペイシー氏にメールを入れてから走り出す。燃料費高騰とはいえ、お盆に入ったからか交通量は少なくない。国道6号線を少し西に走って高速に乗る。常磐道は渋滞することもなく、いつも通り快適だ。柏まで1時間ぐらいかかるつもりでいたのだが、約束の守谷SAまで30分ちょっとで着いてしまった。そんなに飛ばしたつもりもないのだが、待ち合わせの時間には間に合ったからヨシとしよう。駐輪場には既にスペイシー氏の姿があった。一緒に走るのは久しぶりだが、会うたびに装具が充実しているようで、良い傾向だ(笑)。
 ルートは三郷から外環、川口から東北道に乗り、最初のSAで一度休憩することに決め、写真撮影もそこそこに走り出す。交通量はそれなりだが、流れているのでストレスは感じない。先行していた私が三郷の分岐で一瞬方向を迷ったが、スペイシー氏のフォローで無事に外環に乗り、順調に距離を稼いでいく。ETCを装備しているスペイシー氏を料金所のたびに待たせ(笑)、東北道に入ると道が混み始めた。さすがに今日の下り線は交通量が多い。「東北道に乗って最初のSA」は蓮田なのだが、あとちょっとで着くという所で突然の渋滞。電光掲示板は蓮田SAが混雑していることを示している。こちらは単車なので渋滞の影響をもろに受けることはないが、アスファルトの照り返しとクルマが放出する熱気は、ライダーにしか分かるまい。渋滞をすり抜けて蓮田SAに入ると、駐車場には凄まじいクルマの数で、誘導員がいなければ収拾がつかなくなることだろう。「考えることは皆同じ」というわけだ。

 マシンをバイク専用スペースに停める。暑さのせいか、お盆だからなのか、思ったよりバイク人口が少ない感じがする。スポーツドリンクを自販機で買ってきてあっさりと飲み干し、ルートの確認をする。佐野藤岡ICで下りて佐野市内に入れば、ラーメン屋は唸るほどあるだろうと軽く考え、時間調整を兼ね、休憩を十分に取ってから出発すると、何のことはない、3〜40分ほどで佐野に着いてしまった。

 時間は11時前。食堂が開くにはちょっと時間が早いようで、どの店も開店準備をしている。店を選びながら一回りしてみようと言うことになり、道に迷わないように気をつけながら辺りを適当に流していると、先行していたスペイシー氏が突然マシンを路肩に停めて、こちらを振り返った。視線の方向にはラーメン屋らしからぬ看板と建物があった。

 「らしからぬ」とは言うものの、入り口ののぼり旗に「佐野ラーメン」としっかり書いてあるからには、佐野ラーメンが食べられるのだろう。旅先での食堂選びなんてギャンブルみたいな物だ。旨ければラッキー、口に合わなくても、それはそれである。店に入ってメニューを見ると、ラーメンと同じぐらいトンカツをアピールしていて、ただの「ラーメン屋」ではなさそうだ。まぁどれだけアピールしようが目的はラーメンなので、迷うことなく醤油ラーメンを注文する。

 店主なのか常連客なのか、私のマシンが沖縄ナンバーであることに気付いた初老の男性が話しかけてきた。佐野ラーメンを食べに来たと話すと、それを聞いた店員の女性に観光マップを渡された。初老の男性は若い頃にバイクに乗っていて、北海道まで行ったこと、現地で一人旅の若い女性に出会ったこと等を話してくれたが、実はこの手の人物が、私は一番苦手なのである。観光マップを読むふりをして適当に相づちを打っていると、満足したのか諦めたのか、厨房に一言かけて店を出て行った。

 しばらく観光マップを眺めていると、やがてシンプルを絵に描いたような醤油ラーメンが運ばれてきた。スープは茶褐色に澄んで、豪華なラーメンが当たり前になった今では、そのシンプルさは懐かしくも新鮮な感じがする。スープは鰹だしだろうか?食べ慣れた鶏ガラや豚骨などとは違った香りがする。麺は太さがバラバラで、いかにも手打ち…というか手作り感満点。少し茹で過ぎな感じがしなくもないが、プルプルした食感で、コシがあるという感じとはちょっと違うが、まぁコレはコレで悪くない。

 店の怪しげな佇まいと、運ばれてきたラーメンのあまりにシンプルすぎる見た目から、正直言って味の方は全く期待していなかったのだが、スープのあっさりと程よい塩味が体に染み渡る。朝食が早かったせいで腹が減っているのか、それとも炎天下を走って疲れているのか、最後まで飽きることなく、あっという間に平らげてしまった。

 スペイシー氏と「なかなか旨かったね。」などと話ながら、地図を眺めて次の目的地を決める。渡良瀬橋の近くに森高千里の歌碑ができたという話を、2〜3日前にテレビで見ていたのでその話をすると「じゃあ見に行ってみよう」ということになった。おもむろに身支度をし、支払いを済ませて店をあとにする。地図を持っているスペイシー氏が引き続き先行し、次の目的地である渡良瀬橋を目指して出発だ。

渡良瀬橋編に続く!


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第115話 意外な避暑地

 茨城に越してから早いもので4ヶ月が過ぎ、梅雨もすっかり明けて太陽のまぶしい季節となった。沖縄の気候にすっかり慣れた体には、気温はそれほど高く感じないが、知っての通り何しろ湿度が高く、少しでも体を動かすと、さして暑くもないのに汗が噴き出てくる。12年ぶりに感じる、このまとわり付くような重たい空気が、関東にいることを実感させる。

 さて、そんな気候だとバイクに跨るどころか、カバーを外すのも億劫になってしまい、気が付けば1ヶ月以上もエンジンに火を入れていなかった。週末毎に「今日こそは」と思いながら1日を家事や買い物に費やしてしまい、結局「来週こそは」と先送りする日々。近頃では、このままバイクから遠ざかって、近いうちに降りてしまうのではないかとまで考えるようになっていた。コレではいけない。久しぶりに何の予定もこれといった用事もない週末を迎え、ついに重い腰を上げた。目指すは筑波山。あまりに近すぎる目的地だが、与えられた時間はわずか数時間。ちょっと行って帰って来るにはちょうど良いだろう。

 前日からの泊まり勤務を終え、朝9時頃帰宅。軽くシャワーを浴びて、久しぶりにツナギに袖を通す。ちょっと流すだけなのに大げさな感じもするが、メッシュジャケットは沖縄を出る時に仲間にあげてしまったので、この時期に着る装具は、パンチメッシュが施してあるこのツナギしかないのだ。装具を身につけ外に出ると、かすかに霧雨が降っている。「オレが走りに行くんだから、この程度はお約束、お約束…」と半ば自嘲気味にセルボタンを押すと、愛車は意外にあっけなく目覚めた。相変わらずエンジンが暖まるまでは、吹かしていないとストールしてしまうが、それ以外に変わった様子はない。国道6号線に出て流れに乗るまで何度かエンストを繰り返したが、土浦市に入る頃にはエンジンも安定し、いつの間にか雨も上がっていた。
 6号線をしばらく西へ向かい、途中で国道125号線に乗り換える。当初考えていたルートとは違っているが「筑波山○km」と書かれた看板が目的地の方向を示しているので、この通りに進めばたどり着くはずだ。天気は薄曇り。目指す筑波山は霞にとけ込んで見ることができない。「本当にこの道で着くんだろうな」と思いながらも看板を信じてひたすら進む。パンチメッシュだから走っている間は快適だが、停まると汗が噴き出てくるのはいつものこと。フルメッシュのジャケットでも、コレは変わらないだろう。

 やがて登山道らしき看板が現れた。表示にしたがって右折すると、道はどうやら目の前の山に続いているらしかった。山をバックに写真を撮っていると、数台の車と、派手な排気音をさせたZXRが通り過ぎた。この道で間違いなさそうだ。道なりに進むと、タイトなコーナーが現れる。沖縄では走ることのないタイトさにやや気後れし、途中なぜかママチャリで上を目指す高校生を追い抜いて上っていくと、大きな鳥居のある駐車場にたどり着いた。ここがゴール地点だろうか。この先に筑波山神社というのがあるらしく、どうせだからお参りをしていこうと案内板を見ると、ここからかなり歩く必要がありそうだったので、自分の装具を考えて早々にあきらめた。いつものように缶コーヒーで休憩し、鳥居をバックに写真を撮って、この先にある有料道路で帰宅するべく出発した。


 しばらくすると「風返し峠」という信号引っかかった。道は3方向に分かれている。右が当初考えていた有料道路。コレは土浦市に出るルートだ。真ん中は石岡市に行けるルートらしい。そして左のルートには「山頂」と書かれていた。神社があるのは山頂ではなかったのだ。この場合、とりあえず山頂を選ぶのがお約束だろう。 
 山頂へのルートを走り出すと、途端に霧が濃くなってきた。下から見た筑波山は、そういえば山頂が雲に隠れていた。真っ白く煙った道を進む。湿った冷たい空気が地上との標高差を感じさせる。路肩で紫陽花が咲いている。自宅からわずか1時間のところにこんな場所があったんだと感心していると「つつじヶ丘」という駐車場に着いた。ここから山頂へはロープウェイを使うらしい。駐車場は有料だが、最初の20分だけは無料のようだ。どんな場所なのか確かめるためとりあえず入ってみると、そこはよくあるドライブインのようなところで、残念なことに深い霧に覆われて景色を見ることはできなかった。オマケに旧○會の皆さんが集会中のようで何だか気まずい。どうせ20分以内なら無料だし、ソロツーで観光の趣味もないので、写真を1枚撮っただけで来た道を引き返すことにした。
 風返し峠まで戻り、有料道路はやめて石岡へ出るルートを選ぶ。少し走ると地元スペシャルのような、ヘルメットに角のようなディフューザーという懐かしい出で立ちの5人組に遭遇した。撮影係もいるようで、NSR50等で同じところを行ったり来たりしている。地元の小僧どもかとも思ったが、装具のセンス(笑)やツナギのデザイン、やれ具合等から考えると、我々と同世代の「峠の生き残り」かも知れない。久々に少し遊んでみようかとも思ったが、路面がフルウエットで怖いのでやめておいた。ミニバイクとはいえ、この路面状態でよく攻める気になるものだ。


 濡れた路面はなおも続く。本当に石岡に出るルートなのだろうか?山小屋のような売店数軒を通り過ぎると道が左右に分かれたのだが、なぜかどちらにも「石岡」とは書かれておらず、片方が「真壁」となっている。来る時に「真壁」という地名を見た気がしたのでそちらに曲がると、一気に寂しい道になった。木がうっそうと茂った山道を下っていく。傍らには小川が流れているようだ。日が射していないため、あたりは余計に薄暗く、不安感をあおる。狭い沖縄と違って、道に迷ったらどこに出るか分からない。山のどちら側に降りているのかも分からないままとりあえず進んでいくと、やがて民家があらわれ開けた場所に出た。標識には「益子」と「筑波」の文字。どうやら山の北西側に出たようだ。筑波まで出られれば間違いなく帰れると考え、筑波の方角を目指すと、程なくして125号線へ戻ることができた。そのまま元の道を戻ってもよかったのだが、まだ少し時間に余裕があったので少し回り道をして、筑波の南海部品を偵察してから、帰途についた。

 スポーツライディングはできなかったが、山頂付近のひんやりとした空気は、よい気分転換になったと思う。自宅から1時間で行けるなら、朝早めに出れば昼には帰って来られるだろう。文字通り朝練にはちょうどいいかも知れない。今度はドライの日に、交通量の少なそうな反対側から上ってみよう。

 帰宅後、さてどの道を走ってきたのかと地図を確認してみたが、どこかで道を間違えたらしいこと以外は、何だかよく分からなかった。一体どこで間違えたのだろうか。


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第113話 紅き王女の帰還

 沖縄から引っ越すにあたり、船で送っ(てもらっ)た愛車2台。バイクの方は車検を控えていたため、港からシルヴァバードに直接搬入することにした。ついでに購入以来まったく手を着けていなかったフロントフォークのオーバーホールを依頼したのだが、コレが間違い(?)のもと。なんと部品が欠品になって入荷見込みがたたないとかで、結局2ヶ月近くも待たされてしまったのだった。外車とはいえ日本法人があるのに…この辺はさすがイタ車。フィアットに乗りたいと思う時もあるが、部品待ちで何日も乗れないのは、インフラ整備の行き届いていない田舎暮らしでは生活に支障を来すので、たぶん買わないだろう。もっともこういったことを笑い飛ばせないようでは、真のイタ車オーナーとは言えない(嘘)。まぁそんなこともあったが、先日めでたく引き取ることができたのだった。



 その後数日して、職場で白バイ隊員による安全運転講習があるというので、参加してきた。新しい職場の敷地の外れには、教習所のコースのような物があり、そこが会場である。内容は講話に加えて一本橋、スラローム、急制動と、一本橋を蛇行させた「スネーク」という課題。講話では「スピードを落とすことこそが事故防止につながる」ということが再三に亘って強調された。つまり教習所でやっていることと何ら変わらないのだが、そこは白バイ隊員も現役ライダー。しかもバイク好きが高じて商売を始めたような人物だったので、押しつけがましかったり説教じみていたりはしない。あくまでライダーの側に立って話をすることを忘れないのだ。
 肝心の実技の方はというと、コレが難しい。伊計島サ−キットで新垣敏之氏の講習を受けたり、ミニバイクレースに出てみたりと「速く走る練習」は日頃からさんざんやっていたのだが、「遅く走る練習」などしたことがない。しかも今回の会場はコース幅が狭く、タイトコーナーが連続するセクションがいくつもあり、まるでジムカーナでもやらされているようである。国産車勢(中にはGSX1400やZX-10R、CBR1000RRもいた!)が鋭角カーブを難なくクリアする中、内側の足を出しながらヨタヨタと回っていく赤い黒豹。キレイにクルリと回れれば「さすがドカ車乗りは違うな!」とか言われそうだが、いかにも乗れてないようでカッコ悪さ倍増だ。ドゥカティ・マガジンでさんざん書かれている「ドカは小回りが苦手」ということを、今回初めて実感したが、では例えば「最も素直なバイク」といわれるCB400SFだったらキレイに決められたかと言えば、それは怪しい。トリッキーな技術は必要ないが、せめてUターンをカッコ良く決められるぐらいには上手くなりたいと思う、赤い黒豹であった。




 さて、白バイ講習を受けた帰り道で雨に降られてしまったので、その週末を使って軽く洗車したついでに、納車以来数年ぶりにマスコットカウルを復活させた。

 アップハン時代を知っている方は、透明のメーターバイザーがついていたことを覚えているだろうか?転倒時に割ってしまったのを買い直したのに、なぜ着けてないのかと言えば、セパハンにしたためブレーキラインの取り回しが変わってしまい、カウルマウントがラインに接触して取り付けられなかったのである。
そこで、車検のついでに何とか出来ないかと、シルヴァバードで相談したのだが「ラインそのものを替えるより他に方法はないが、4万円ぐらいかかる」といわれたので、潔く(?)今回であきらめることにした。しかし何もないのもバランスが悪いような気がしての復活である。着けてみると、純正品だけあってバランスは最高だ。セパハンとの相性も思ったより違和感がない。これで「空冷フォギー」の復活である。
 ついでにタンク再塗装で消してしまったロゴも、ステッカーを買ってきて復活させた。元の色とは違っている(元はフレーム同色のチタンシルバー)が、白ロゴが今風だ。さらに1098をまねて、マスコットカウルにも小さいロゴを追加。なかなか似合ってると思うがどうだろう。





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第110話 流れ星を探して

 例によって時間はさかのぼり、1月2日。slspacy氏と、恒例となりつつある(?)新春ツーに行くことになった。昨年は温泉を目指し熱海まで足を伸ばしたのだが、苦行の如き「極寒(マゾ)ツー」となってしまったため(それはそれで楽しかったが)、今年はフラ〜ッと行って帰ってこれる近場にしようということになった。とりあえず日取りだけ2日と決めたところ、今回はがうさんも参加できそうとのこと。しかし心当たりがないし、買い出しだけなら車で行ってもイイし…と、どうにも話がまとまらない。そこで、自分のスケジュールも勘案し、ノリックに線香を上げに行くのに、事故現場まで2人につきあってもらうこととなった。目的地はJR川崎駅からほど近い某所。「日帰りぶらり旅」にちょうど良い距離だ。


 午前8時過ぎ。よく晴れた寒空の下、予定よりやや遅れてslspacy氏のVTR1000Fが到着。新年の挨拶を簡単に済ませたら早速タンデムシートに跨り、集合場所である幕張へ向けて出発する。沖縄では味わえない、凛とした空気が気持ちいい。裏道をグリグリと進み予定時間よりやや早く着くと、集合場所ではがうさんが、慣れた手つきでプラグの焼け具合をチェックしていた。愛車Dトラッカー、通称D虎は、まだ吸排気系のセッティングが合っていないのだ。
 缶コーヒーを飲みながら、ルートの確認をする。東関道から首都高湾岸線に乗り、途中で横羽線に乗りかえたら羽田ランプから環八に降りて北上、南蒲田で左折して第1京浜を西へ行けば川崎駅南口に出られる。川崎駅前から現場までの大体のルートは、かろさんの情報をもとに携帯に入れてあるので、迷うことはないだろう。再びVTRの後席に乗り、出発だ。

 VTR1000Fは昨年の新春ツーで試乗しているが、ツアラーとしては非常に良くできたマシンだ。2気筒エンジンはピークパワーこそ低いが、水冷DOHC1000ccが十分なパワーを生み出し、適度な鼓動感が気持ちいい。カウルがついていて高速走行でも快適だし、サイレンサーはノーマルだから静粛性に優れ、いたずらにせき立てられて疲れることがない。私のM900とは大違いだ。
 またslspacy車には色々な物がついており、ETCもその中の一つ。ETCの使い心地は実家の車でよく知っているが、料金所に止まってチケットや金銭のやりとりで手間取ることを考えると非常に有効で、バイクにこそ装備すべきアイテムであろう。高速道路を頻繁に使うならなおさらである。もっともっと安く販売し、できればツアラーには標準装備(ETCなしをオプションに設定)するべきだと思う。
 途中、大井PAで休憩し、D虎に試乗させてもらう。モタ車は後輩のDR-Zに続き2台目だが、排気量が小さいこともあって非常に軽い。セッティングが出てないのでブン回すことはできないし、そもそも単気筒なのでそれほど回らないが、車体の軽さと相まって出足は良好。市街地では重宝すること間違いない。SUZUKIのOEM車である250SBを通勤用に買った先輩が「軽くてイイよ〜、これ!」と絶賛していたのもうなずける。きついカーブではグッと肘を張り、タンクに跨るほど前荷重にして、イン側はかかとを前に出すようにして曲がると、気分はモタードレーサーだ。
 第1京浜に乗ってしばらく行ったところで、ルートの確認を兼ねた休憩。ここから先、現場までは私がVTRを操縦することになった。川崎駅を通り過ぎ、少し行ったところで左折し、南向けに少し行ったところをさらに左折すると、現場はすぐに分かった。



 あれからもう何ヶ月も過ぎたというのに、そこには花束や飲み物が置かれている。当時はおびただしい数の花束や飲み物が供えられて収拾がつかなくなり(故人の人気の高さが偲ばれる話だ)、近隣の住人の迷惑となっていたようで、今はこぢんまりとした物だが、それでも花束のうちのいくつかはようやく枯れ始めたぐらいなので、供えられてからそんなに日にちがたっていないのだろう。今でも我々と同じように、時々こうやってお参りに来る人がいるようだ。誰が置いた物か、線香をくべることができるように、お菓子の缶に焼き網(?)を張って置いてある。用意してきた線香をslspacy氏とがうさんに手渡して火を点け、3人で黙祷する。
 黙祷を終え、現場の様子を改めて見回してみる。ニュース風に言えば、そこは「見通しのいい片側2車線の直線道路」。およそ事故など起こりそうにない、どこにでもある普通の道だ。変わったことがあるとすれば、自転車専用レーンがある(この辺りには多いようだ)ことぐらいだろう。正月の真っ昼間とあって交通量は少ないが、駅や幹線道路が近いので、普段の交通量はそれなりにあるのかもしれない。どこにでもある平凡な風景と事故があった現実が頭の中でうまく結びつかないが、「事故」というのは「まさか」が「現実」になることだと考えると、こういう何でもないような所でも事故は起こるのだと再認識させられる。「プロのレーサー=公道のプロ」ではないと分かっているが、何ともいたたまれない。

 反対車線に止めたマシンに戻り、襟を正すような気持ちで身支度をしていると、大学生風の3人の男性が、供えられた花の周りで何事か話をしていた。彼らも事故を知るファンだったのだろうか?

 現場を後にして、近所のファミレスに入って腹を満たし、もと来たルートを戻りながら東雲のライコランドと幕張のドライバースタンドを冷やかし終えた頃、ちょうど日が傾き始めたため解散となった。





 その夜、寝る前にもう一度現場の様子を思い出してみた。あまりにも普通すぎるその風景を思い出すと、何故か涙があふれてきた。




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第102話 極上の週末の過ごし方

 私の趣味といえば、音楽、単車、酒。このうち、絶対に同時に楽しむわけにいかないのが、酒と単車である。まったく困ったモンだ。

 先週末のこと。もはや定例(?)となる朝練のお呼び出しがかかった。特に予定もないし(といっても午前中で帰る気満々だったが)、天気も心配ないし、久々に1号車で顔を出すことにした。


 当日の朝、ほぼ予定通りに集合場所に到着。程なくして現れたホラガメ氏のNC30は、アンダーカウルを取り払われ、おNEW(古っ!)のTBRステンフルエキを見せつけるように輝かせて、V4独特のイイ音を奏でる。クニキチ氏はダイエットに成功したのか、予告通りC.サロンのレプリカツナギ。本日の参加者は、コレにJack氏と火鳥の二人を加えた5名だ。

 いつも通り嘉手納から名護へ移動し、A&Wで軽めの朝食を摂ったら、高江売店を目指し58号線から北上…と、ココまではシナリオ通りのハズだったが、なんと屋我地の手前辺りで、某用品屋店長katsu氏の駆る999sが登場!結局そのまま一日共に行動することになる。






 58号線から県道14号線に入り、源河〜有銘経由のルートを通るが、M900での北上はあまりにもブランクがありすぎるのかビビリミッター効きまくりのため、開き直って他車を先行させ、自身はlツインの鼓動を楽しむごとく、完全にツーリングペース。途中で米兵のノロノロ運転に捕まりながら、なんとか高江に到着した。



 一息したら本番開始。だが実はクニキチ氏のコスプレ(笑)を見た時から、今日は撮影に回ろうと決めていた。2〜3本走ったが調子は上がらないので、マシンを傍らに停め撮影に回る。今回はテレコンを用意して、コーナー進入や立ち上がりを狙っていく。


 やがてホラガメ氏が撮影に回るというので、写真は任せて走ることにする。katsuさんや火鳥の後を追いながら走るが、出だしから引き離されるのはさすが水冷である。何本か走っていると調子が出てくるが、乗り方がΓの乗り方で走っていたコトに気付く。そりゃシックリ来ないわけだ。グリップの外側を握り、シートの後ろの方に腰を預けるようにすると、キレイに曲がれるが、ちょうど思い出したところで帰る時間だ。


 みんなと一緒に下道をダラダラと帰る。今日はMoto GPのオーストラリア戦。帰るルートを途中で逸れ、観戦のためいつもの喫茶店に寄ろうと向かうが、時間が早すぎたのか開いていなかったので、あきらめて部屋に向かう。
 さて、帰宅したあとからが、極上の週末の始まり。シャワーを浴びて、ビールを片手にテレビ観戦。ちょうど昼飯時だったので、冷凍のざるそばを腹に入れ、レースが終わったら昼寝。単車に乗ってかいた汗を風呂で流し、ビールで喉を潤しそばで腹を満たす。レース観戦と昼寝がついて、これ以上の贅沢があるだろうか。まったく言うことなしだ。


 目が覚めて写真のチェックすると、今回はせっかくテレコンを用意したのに、ピンぼけばかり。あえて流し撮りを封印して、なおかつAUTOモードに頼り切ったのだが、コレがよくなかった。構図はつまらないしピントは合わないし、残念ながらほとんどボツ作品。どうもピントを遠くに合わせようとする傾向があるのか、単にクセをつかんでないのか。やっぱり本気で撮ろうと思ったら、イチデジじゃないとダメなのかな〜。ま、買わないけどね。


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第101話 憧れのテルミさん

 いきなりだが、ココで言うテルミとは女性の名前ではない。我々ドカ乗りにとってテルミといえば、そう、憧れのアレである。



 テルミニョーニ(Termignoni)



 ベベル系のコンチ(Conti)、パンタ系のベルリッキ(Verliccihi)に続き、今やドカの定番となったマフラーであり、もちろんワークスレーサーも採用している。
 私がM900を買って最初に手をつけたのがマフラーなのだが、当時S4フォギーという限定モデルが出ており、かっこいいな〜と思ってはいたが水冷だったので、空冷でこの形にしようと選んだのがシャークのハイアップマフラーだった。


 写真はVer.3と呼んでいる、2月に転倒するまでの形態。マフラー以外の主なカスタムポイントは
 DUCATI PERFORMANCE セパハン
 ROAD RACING アルミ削りだしミラー
 BRAKING ウェーブディスク(フロントのみ)
 RIDING HOUSE オイルクーラーガード
 RIDING HOUSE カーボンタイミングベルトカバー
 SILVER BIRD レーシングポジションステップ
 HIGH TECH カーボンアンダーカウル(後日ステー破損のため取り外し)
 DUCATI東名横浜 フェンダーレスキット 
といったところ。マスコットカウルを外しているため、結果的にフォギーと違う感じになってしまっているが、ソコはソレである。


 しかし、出先でテルミ管を装着した車両を目にするたびに「やっぱテルミはいい音だな〜」と羨ましく思うと同時に、なんであの時テルミを買わなかったのかと、いつも後悔していたのだった。ところが今さら買おうにもメーカー欠品中で、次回入荷のメドは全く立っていない。



 さて、時間はかなり遡るが、今年の2月に不注意から転倒を喫し、修理用の部品をヤフオクで探していた時だった。S4用のテルミニョーニ製ハイアップカーボンにレース用ECUとエアフィルターのキット。中古ながらエアクリは未使用らしく、しかも値段は約8万円。ついに出会ってしまった。定価は23万円以上するらしいから、これは買いでしょう!逝ったれ〜!!




… ポ チ っ と な 。




 ってことで、買っちゃいました。


 向こうが見えてますよ、奥さん!



 レース専用…こんなん書かれたら車検通らないじゃん。



 装着するとこんな感じ。ステーも丈夫そうで、質感はシャークよりずっと上だ。ちなみにレースに出るワケじゃないので、専用エアクリは未装着、ECUも水冷用で多分使えないし、この2点はノーマル維持。


 気になるサウンドだが、直管だけあってデカく、太く、重い。あまりに大音量なので、流すようなペースで乗ってると、こっちまで疲れてしまう。もちろん深夜、早朝のアイドリングは絶対禁止で、夜中に帰ってきた時も、できるだけ早くエンジンを止めなければならない。


 でも…何〜か違うんだよな。やっぱキャブ車じゃないとアノ音は出ないのかな〜。いつか誰かに乗ってもらって、走行中はどんな音がするのか確かめてみよう。



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